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ハーフマニア
ミスター・ユニオシ著 関連グッズショップ 縁起もの専門ショップ
 
Web www.yunioshi.com

外国曲に描かれた日本とは!?日本を歌った外国曲パート1

日本または日本人にまつわる曲、人、レコードジャケットなどを集めました。ただし順不同です。
最初にアーティスト名、『』は曲名。イタリック体(斜体)はアルバム名。


外国で活躍する日本人音楽家&関係者リストはこちら
外国人アーティストによる日本人アーティスト曲の外国語カバー集はこちら
 

スパークス
『キモノマイハウス』

元々アメリカのロックバンドでトッド・ラングレンがプロデュースを担当したことがあったが、イギリスに渡ってこのアルバムを発表し、大ヒット。一躍世界に名を知られるようになった。
Sparks - Kimono My House

これは珍品!

 Sparks - This Town Ain't Big Enough (TV Live on TOTP 1975)

ディープ・パープル
『ライブ・イン・ジャパン』
『ハイウエイ・スター』

日本では『ライブ・イン・ジャパン』として知られる傑作アルバム。英米でも『MADE IN JAPAN』として発表され大ヒットした。ヴォ−カルのイアン・ギランがリッチ−のギターソロに入る直前に卑猥な言葉を呟いている。日本人関係者(飲みに行った時の店の人?)から教わった言葉だそうだ。「OH! MAN GO!」の空耳ではなかったのだ。リッチーはこのソロで寺内タケシのコピーを試みたが難しくて失敗したとのことだ。そういえば似ている部分がある(ピッキングによるトレモロ奏法?)。
ディープ・パープル
『ライブ・イン・ジャパン』
『レイジー』

この名盤の中でバンドの(特にキーボードとギターの)技術の高さもハッキリ出ている曲だと思う。リッチー・ブラックモアのギターテクニックの柔軟性というか耳の良いところ、センスというか、ユーモアというか、とにかく彼の音楽性の広いところが良く分かる曲。R&Bやジャズ系アドリブが多いこの曲の間奏で、リッチーがNHKの『きょうの料理』のテーマをほんのワンフレーズ演奏する。 この曲は冨田勲が40年ほど前に(なんと初放送の前日に頼まれて30分で)作ったという。日本人なら知らぬ人はいないこの名曲が、今からおよそ30年前のパープルのライブで演奏されてこんなに盛り上がってるなんて。
当時の日本人オーディエンスはなかなかかっこいいと思う。 最近NHKで「フォーク・クルセダーズ」再結成コンサートが放送され、 その中で加藤和彦&坂崎幸之助がこの曲をカバーしているのを見て、思い出しました。ただし、この曲は、調べたらアルヴェーン作曲『スウェーデン狂詩曲第1番夏の徹夜曲』に似ているとのことで(僕は残念ながら聞いたことがありません)、クラシック系のリッチーは、実はこっちの方をコピーしてたという噂があります。

Deep Purple - Nobody's Perfect - Live 1987 (Expanded Edition) - Lazy

参考書:ディープ・パープル―ブリティッシュ・ロックの王者:紫神(デイープパープル)

こっちはMADE IN JAPAN
ディープ・パープル
『紫の肖像/Who Do We Think We Are!』
『ウーマン・フロム・トーキョー』

ディープ・パープルは日本好きだねえ。本当にサービスがいい。
Deep Purple - Nobody's Perfect - Live 1987 (Expanded Edition) - Woman from Tokyo

赤紫の炎 様から
「そういえば、ハード・ロック・グループDEEP PURPLEの『WOMAN FROM TOKYO』って誰かモデルになった人居るんでしょうかね?

という質問をいただきましたが残念ながら情報がありません。どなたか詳しい方教えて下さい。
この曲についてはちょっと前に直訳ロックの「王様」が『深紫伝説』で「俺の彼女は東京出身〜新しい伝統を持ってる〜♪」などと歌っていた。
トミー・ボーリン
『PRIVATE EYES(1976)』

ジャケットには「富墓林」の文字。平安調の女性?も
リッチー・ブラックモアの後にディープ・パープルに加入した才能あるギタリストだったが、早死にした。
とにかくこの人のギターワーク、僕は大好き!パープルの新境地を切り開いたアルバム『カム・テイスト・ザ・バンド』で聞かせるギターカッティング、リフのセンスにぞっこんでした。

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20061225
公式サイト
http://www.tbolin.com/
レッド・ツェッペリン
『フィジカル・グラフィテイ』

残念ながらCDではわからないが、オリジナルレコードジャケットは建物の窓のところがくり抜かれていて、その内側に写真などが見えるようになっていた。その写真の何枚かにZEPのメンバーが着物を着て写っているのがある。これは初来日時の写真。京都かどこかで酒飲んで騒いで撮ったものだそうだ。
彼らの来日時の数々の悪行は有名で、みやげ物として購入した日本刀で宿泊したホテルの掛け軸を叩き切るなど部屋をめちゃめちゃにし(ホテルに7〜800万円の弁償金を払った)、ジョン・ボーナムは酔っ払って夜行列車で寝ていた人たちのカーテンを次々開けて牛乳をかけていったりと、様々な伝説が残っている。しかし広島では原爆ドームを見てショックを受け、コンサートの売上金700万円を広島の被爆者に寄付するなどいいところもあった。一時雑誌や某DJによってまことしやかに囁かれたジミ−・ペイジの母は日本人」説は全くのデマ。
角田光代の小説『予定日はジミー・ペイジ (新潮文庫)

Paul Dianno - World's Greatest Metal Tribute to Led Zeppelin - Kashmir

僕がこのアルバムの曲で一番好きなのはこれ。  The Wanton Song - Led Zeppelin

http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20061028



参考書:『レッド・ツェッペリン (全曲解説シリーズ)』、『地球音楽ライブラリー レッドツェッペリン (地球音楽ライブラリー)』、豪華本『レッド・ツェッペリン セレブレーション
エアロスミス
『ジャスト・プッシュ・プレイ』
2001

ジャケット・デザインのイラストは空山基。エアブラシを使った金属の描写、色っぽいロボットキャラで世界的に有名。

Aerosmith



参考書:『エアロスミス・ファイル (Artist file (08))』、『WALK THIS WAY―エアロスミス自伝』、『G.R.S/エアロスミス全曲解説 (グレイト・ロック・シリーズ)』、『エアロスミス/Walk This Way
エリック・クラプトン
『ピルグリム』

ロックギターの神様。
ジャケットは『エヴァンゲリオン』のキャラ原画を手がけた貞本義行が担当。クラプトン様が本屋で貞本義行のイラスト集を見て気に入り、彼自らジャケットデザインを依頼した。
傑作ライブアルバム『スローハンド』のジャケット写真(愛器ブラッキーが写っているもの)は日本人浅沼ワタルの手による(ただし、クラプトン本人はカメラマンが誰なのか知らなかったらしい)。 また、2005年、愛・地球博のテーマソングとして作詞、作曲を手がけた『Say What You Will』は、SMAPが『友達へ〜Say What You Will〜』としてカヴァーし大ヒットした。『バッド・ラブ』をフューチャーしたCM出演はこちら。とんかつが大好物で来日時は毎日のように召し上がっているそうです。

Eric Clapton



クラプトン様におかれましてはこちらにも

参考書は多数:『地球音楽ライブラリー エリッククラプトン (地球音楽ライブラリー)』、伝記・評伝は『エリック・クラプトン―スローハンド伝説』、『エリッククラプトン/コンプリートクロニクル 保存版』、『エリック・クラプトン・ストーリー』、『クリーム―STRANGE BREW』、インタビュー・証言集は『エリック・クラプトン―イン・ヒズ・オウン・ワーズ』、『エリック・クラプトンの軌跡―自らの証言で綴るサウンドの秘密』『エリッククラプトン/レコーディングセッション』『エリック・クラプトン (光文社新書)

10CC
『ブラディ・ツーリスト』
『TOKYO』

ハイテクと日本的情緒が混在した東京のイメージをメロディアスに歌い上げている。このアルバムはエキゾチックなメロディ、レゲエもありとバラエティに富んでいて僕はすごく好きな一枚。

10cc
ザ・ビートルズ

ザ・ビートルズ公式サイトはこちら

『リボルバー』

日本公演の時、ホテルに缶詰め状態のザ・ビートルズ。ホテルの窓から外を見ると、警備していた警官の持っていた拳銃が眼に留まった。それがリボルバーだった。それで新しいアルバムタイトルに起用した。ポールのアイデア。因みにジャケットデザインはハンブルク時代の友人でデザイナー、のちにプラスティック・オノ・バンドでベースを担当するクラウス・ブーアマン。(1966年のグラミー賞「ジャケットデザイン賞」を受賞。ジョンとジョージの間にブーアマン本人の写真がある)
ビートルズ来日の特集はこちら。

来日記者会見について

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060629

ザ・ビートルズ
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』

ロック史上最高といわれる名盤の、あまりにも有名なジャケット。ヤング・ビートルズの足下にそう、「福助人形」が!
この福助は来日時にお土産として買ったもので、東京ヒルトンの部屋でジョン・レノンは一緒に記念撮影している。この福助人形は現在もヨーコ夫人が保存しているという。

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060630

ザ・ビートルズ
『ジョンとヨーコのバラード』
1969

どうしても小野洋子(ヨーコ・オノ)がからむのだ。この曲は、リンゴ・スターが映画撮影(『マジック・クリスチャン』)、ジョージが旅行中のためジョンとポールだけでレコーディングされた。後のジョンとポールの確執を思うと実に皮肉だ。
The Apples - Tribute to the Beatles - The Ballad of John and Yoko

ジョンとヨーコのバラード
ザ・ビートルズ
『ホワイトアルバム』

『ジュリア』

どうしても小野洋子がからむのだ。歌詞の『オーシャンチャイルド』は洋子のこと。(洋=OCEAN、子=CHILDね)

ザ・ビートルズ
『アビーロード』

『カム・トゥゲザー』

どうしても小野洋子がからむのだ(しつこい)。歌詞の「オノ」とは斧=小野のしゃれだとのこと。

ビートルズ関連資料

全集・入門書・全曲紹介・事典
THE BEATLESアンソロジー』(オフィシャルガイド)
ビートルズパーフェクトソングブック 1962-1970
これがビートルズだ (講談社現代新書)
超ビートルズ入門
全曲解説シリーズ(2) ザ・ビートルズ (全曲解説シリーズ)
ビートルズ全曲解説
ビートルズを笑え!
ビートルズ大学
入門 ビートルズドリル (地球の歩き方)
笊カ庫 ビートルズ全曲制覇 完結編
ビートルズ 愛の事典
ジョージ・ハリスン全仕事
ザ・ビートルズ大全
A Hard Day’s write―ザ・ビートルズ大画報
ザ・ビートルズ全記録〈1(1957‐1964)〉
ビートルズ事典
文庫 ビートルズの軌跡
ビートルズ学入門―ジョン・ポール・ジョージ・リンゴが教える自由な生き方
トゥモロー・ネバー・ノウズ―ビートルズ30年史
The Little Box of Beatles(4冊セット)
ザ・ビートルズ―ロックの革命児たち (火の鳥人物文庫)

関係者による伝記・メンバーの自伝・語録・インタビュー
ザ・ビートルズ / リメンバー ―親友クラウス・フォアマンが語る本当のビートルズ (ノーウェア/ザ・ビートルズ決定版シリーズ)
迷説?妄説?新説ビートルズ・ストーリー
ビートルズ売り出し中!―PRマンが見た4人の素顔
ビートルズ語録
ビートルズが愛した女―アストリット・Kの存在
ビートルズをつくった男―ブライアン・エプスタイン
ビートルズ独立時代―The Days After The Beatles 1970~1980 (ミュージック・ライフ復刻シリーズ)
証言!ビートルズとスーパースターたち―ビートルズをアメリカに呼んだ興行王が、今真実を証言する
エルヴィス・ミーツ・ザ・ビートルズ
ビートルズはこうして誕生した
シャウト!ザ・ビートルズ
ロスト・ビートルズ・インタビュー〈1〉ビートルズが語るビートルズ
ジョンがポールと出会った日 (ハッピー・ブックス)
リンゴ・スター―遅れてきたビートル
ジョージ・ハリスン自伝―I・ME・MINE
ジョージ・ハリスン
ジョージ・ハリスン―美しき人生

評論・エッセイ
ビートルズ―20世紀文化としてのロック (講談社選書メチエ)
ビートルズの研究―ポピュラー音楽と社会
ビートルズとは何だったのか (理想の教室)
ビートルズ アメリカ盤のすべて
ビートルズ』きたやまおさむ著
芦原すなおのビートルズ巡礼
ビートルズと60年代
ビートルズは眠らない
ビートルズの社会学
ビートルズ音楽論―音楽学的視点から
詩集
ビートルズ全詩集
ビートルズ作品読解ガイド
文庫ビートルズ全歌詩集 (ROCK文庫)

創作について・楽曲研究・使用楽器研究
ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実
ザ・ビートルズ・ベース ~マッカートニー・スタイル~
ビートルズ・サウンドを創った男―耳こそはすべて
ビートルズサウンド大研究(上)
ビートルズサウンズの壷
ビートルズレコーディングセッション
Beatles gear―日本語翻訳版
イエロー・サブマリン航海記 ビートルズ・アニメーション全記録
ビートルズ&アップル・マテリアルwithブリティッシュ・ビートニクス
ホワイト・アルバムネイキッド―グループ終焉の出発点
ビートルズ/音楽理論教室
メイキング・オブ・サージェント・ペパー

来日回想録&ビートルズと日本について
ビートルズを呼んだ男―伝説の呼び屋・永島達司の生涯
ビートルズ・レポート―話の特集 東京を狂乱させた5日間
ザ・ビートルズ・イン・東京
ビートルズ日本盤よ、永遠に―60年代の日本ポップス文化とビートルズ
THE BEATLES IN TOKYO 1966
写真集 ビートルズ イン ジャパン 1966

写真集
長谷部宏写真集 THE BEATLES in MY LIFE (Shinko music mook)
神話 ザ・ビートルズの飛翔

その他
ビートルズからのラブ・レター―4人がやりとりした51通のポストカード POSTCARDS FROM THE BOYS
世界初!これがビートルズ・カヴァー決定版―ベンチャーズ、ビーチボーイズからエアロスミスまで2000曲大集決
Beatle vibrations―ビートルズのフォロワーたち (Ontomo mook)
ビートルズの歩き方―ロンドン編
ビートルズ心の旅―リバプール、ロンドン--運命の糸を探る

ジョン・レノンについては12月8日のページ、ポール・マッカートニーは下の方をご覧ください。
ジョン・レノン
『ヌートピア宣言マインド・ゲームス』

『あいすません』

どうしても小野洋子がからむのだ。ふう。「あいすみません」でないのがミソ。

12月8日 

ジョン・レノン
『イマジン』

『オーヨーコ』

ひたすら「お〜ヨーコ♪」だ。ここまであけっぴろげだともう言うことない。ヨーコを悪く言う人がいるが、彼女がいなければこの傑作アルバムは産まれなかったはず。もちろんこの後に続く数々の傑作も。ただしこのアルバムの中に表されるポールに対する敵愾心はちょっと鼻につくが。

12月8日 

ジョン・レノン
『平和の祈りをこめて』

『京子ちゃん心配しないで』

京子はヨーコの娘。前夫が連れ去り一時行方不明となったため、悲しんだヨーコが歌で娘にメッセージを贈った。超プライベートなメッセージソング。

12月8日 

参考書は↓ハーフマニアショーン・レノンのコーナーで。

ジョン・レノン
『ダブル・ファンタジー』

ジャケット写真は篠山紀信。リリース当時小学館から『写楽(しゃがく)』という写真雑誌が出されていて、篠山氏に撮影によるレノン一家の暮らし振りが掲載されていた。とても幸せそうだった。だがその直後にジョンが殺されてしまった。ショックだった。僕らの世代では初対面の人と話す時「ジョンが殺された日何をしていた?」というのが話のきっかけになる。

12月8日 

ポール・マッカートニー&ウィングス
『スピード・オブ・サウンド』
1976

『ワイノ・ジュンコ』

「酒呑みジュンコ」の歌。ボーカルは今は亡きギタリスト、ジミー・マックロウ。このアルバムからウィングスのメンバーが曲作りに大きくかかわり、ボーカルも務めているが、はっきりいってこれは凡庸な曲だった。

参考書は『だれも知らなかったポール・マッカートニー―ビートルズからウイングスへ (1975年)』、『ウイングスパン

Wings - Wings At the Speed of Sound (Remastered)

ポール・マッカートニー
『ポール・マッカートニー2』
1980

『フローズン・ジャップ』
ポール・マッカートニー公式サイト(英語)はこちら

ポールのソロアルバム。「ジャップ」は後に「ジャパニーズ」に差し換えられたらしい。日本で逮捕された事件後に発表されたので、ファンの間で物議をかもしたが、雑誌『ロッキンオン』のインタビューではフローズンは富士山の雪だし、ジャップは差別用語ではないなどと語っている。麻薬所持で警視庁に留置された事はスネークマンショーのネタにされたり、中島らものエッセイに爆笑話もあり、今やギャグとなってしまった。そのポールは今や「サー」の称号付きの貴族である。また、『カミン・アップ』のビデオクリップはポールとリンダがいろんなミュージシャンに変装してデジタル合成で登場する。その中のギタリスト(誰の真似か?)は日本語(不明だが「ックス」の文字がある)が書かれたTシャツを着ている。

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060622

ポール・マッカートニー
『フラワーズ・イン・ザ・ダート』
1989

『マイ・ブレイヴ・フェイス』

ビデオクリップは日本人のマニアがベースを盗む話。ポールに関するものなら何でも収集する日本人が登場、いきなりテレビカメラに向かって日本語で話しかけるシーンで始まる。サザビーで買ったコレクション、クオリーメンのカードや映画の台本、サージェント・ペッパーの衣装や等を手に持って自慢するが、ポールの所有するあの有名なバイオリン・ベースまで欲しくなってしまい、とうとう倉庫に侵入して盗んでしまう。(雇った忍者が?)最後は日本の警官に捕まってしまうというストーリー。彼のコレクションした貴重な映像として、ビートルズ時代、ウィングスの映像、エルビス・コステロとのリハーサル映像など本当に珍しい映像が多数フラッシュバックで挿入されている。
My brave face paul mccartney flowers in the dirt clip

Paul McCartney - Flowers In the Dirt

ポール・マッカートニー
『ヤア!ブロード・ストリート』
1984

『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』 

『ヤア!ブロード・ストリート』という珍妙なタイトルの映画のサントラ版。TOTOのメンバー他豪華ミュージシャンが多数参加している。この曲は数バージョンあるが、ディスコ・バージョンのプロモは、ディスコでマイク片手に歌うポールの姿、各国のダンスの映像が含まれている。そのダンスの映像の中に、何故か日本の相撲の映像が!

参考書:『ポール・マッカートニーとアヴァンギャルド・ミュージック―ビートルズを進化させた実験精神』、絵本『あの雲のむこうに』、『ポール・マッカートニー―メニー・イヤーズ・フロム・ナウ』、『イエスタデイ―ポール・マッカートニーその愛と真実』、詩集『ブラックバード・シンギング―ポール・マッカートニー詩集・詞集1965‐1999

Paul McCartney - Give My Regards to Broad Street (Soundtrack from the Motion Picture) [Remastered]


サントラ版
ボン・ジョヴィ
『7800ファーレンハイト』
『TOKYOロード』

イントロの『さくら』のメロディは日本のファンが贈ったオルゴールの音を題材にしたとのことだ。
日本のCM出演あり。

参考書ほかは『グレートロックシリーズ/ボンジョヴィ 全曲解説 (グレイト・ロック・シリーズ)』、『ボン・ジョヴィ (シンコー・ミュージック・ムック―アーカイヴ・シリーズ)』、『ボンジョヴィ/終わりなき旅』、『ボン・ジョヴィ語録

Bon Jovi - 7800 Fahrenheit

 Bon Jovi - Tokyo Road

スコーピオンズ
『蠍団爆発!TOKYO TAPES』
『荒城の月』

日本ライブでこの曲を歌った(滝廉太郎の曲ですぞ。念のため)。観客も合唱した。(定番になったの?誰か教えて)僕は昔FM放送で聞いたが、クラウス・マイネは歌詞の「花の宴」の”え”の音を半音高く歌っていた。間違って覚えてしまったのね。ジャケットには下手な日本語の字で『東京テープ』とある。

どうやら世界中のスコーピオンズファンにはおなじみのようで、以下の映像はフランスでのライブなのだが、クラウス・マイネが「『東京テープ』の中に入っている『荒城の月』をやります。外国の歌詞だけど皆も歌ってね云々」と紹介すると観客の間から歓声が起き、皆一緒に歌っている!感動もの!

 ULI JON ROTH/SCORPIONS [ KOJO NO TSUKI ] LIVE FRANCE.

歌は花見の酔っ払いみたいだが。

Scorpions
ホワイトスネイク
『君が代』

ディープ・パープルのデビッド・カバーデイル率いるハードロックバンド。一時解散する時に名古屋で行われたサヨナラコンサートではエイドリアン・ヴァンデンバーグのギター演奏で観客が「君が代」を歌ったそうです。初期のベーシスト、ニール・マーレイはVOWWOWに参加していた。

Whitesnake

参考書:『ホワイトスネイク』、『』、『』

さすがに『君が代』が収録されたCDはないようですがこれはお勧め。
スティックス
『ミスター・ロボット』
『ミスター・ロボットMR.ROBOTO』

「ドーモアリガト、ミスターロボットまた会う日まで、いつの日か」という日本語の歌がボコーダー(声を電気処理でシンセ風に変えるもの)を通した声でくり返し歌われ、メイド・イン・ジャパンを揶揄した歌である。当時世界的に大ヒットした。マイク・マイヤーズ主演の映画『オ−スティン・パワーズ/ゴールドメンバー』はこれが中心ネタである。日本でのみ発売されたベスト・アルバムのタイトルは『REPPOO』で(烈風)と大書きされたジャケットだった。
Mr. Roboto

Styx - Styx: Greatest Hits - Mr. Roboto
デュラン・デュラン
『デュラン・デュラン』
1981
『グラビアの美少女(ガールズ・オン・フィルム)』

デビューアルバム。とてもヒットしたのだが、Hなビデオクリップで、おっぱいも露な美女たちがリングに登場し、泥レスしたりする。その中でスモウレスラーとまわしの美女が対決するシーンがある。しかもスモウレスラーは真っ赤な偽者だ(太った東洋人にまげとまわしでできあがり)。お〜い。

Duran Duran - Girls On Film


日本のCMにも出演
Duran Duran - Duran Duran - Girls On Film

参考本:『デュラン・デュラン (シンコー・ミュージック・ムック―アーカイヴ・シリーズ)
カルチャークラブ
投稿者1様よりの情報です。
「カルチャークラブの『WarSong(戦争のうた)』で終盤に「戦争反対」と日本語で歌います。
そのほかに、文化倶楽部の文字がでるビデオクリップ(たぶん)『ミス・ミー・ブラインド』にあった。」

ありがとうございました。

『ミス・ミー・ブラインド』にはミコさんという日本人女性も出演していて踊っています。「恋の盲目」という文字も見えます。ラストでは「メラメラと燃えている!」と叫んでいるそうです。ラブラブカルチャークラブというファンサイトで確認しました。


http://www.eva.hi-ho.ne.jp/~ikuro/cultureclub/


下のオフィシャルページではほんのさわり部分を見ることが出来ました。「大和屋」「文化倶楽部」の字が確認できました。出演しているのは何だかインドネシア舞踊の人たちみたいなんですが…。
公式サイトはこちら

参考書『ボーイ・ジョージ&カルチャー・クラブ―写真集

代表作はこれですね。

Culture Club - Colour By Numbers
TOTO

バンド名TOTOは、映画『オズの魔法使』に出てくる犬だとか、ラテン語で「全て」、スワヒリ語で「若いもの」を表すからとかの説があるが、僕が昔聞いた本当らしい説は、メンバーたちがまだバック・ミュージシャンとして活躍していた頃、ボズ・スキャッグスと来日した時、どこのトイレに行っても便器にTOTO(ようするに便器メーカーのロゴですね)と書いてあるのに強い印象を受けて付けたというもの。じゃあ、ことによっては『INAX』になっていたかも?。

Toto

名曲!”ギタリスト”ルカサーの歌がまたすばらしい。それとラスト、雨を避けてシンバル持って逃げる故ジェフ・ポーカロがかわいい。

 Toto - "I'll Be Over You" Music Video 1986

スティーブ・ルカサー単独ライブ決定! 音楽チケットなら@電子チケットぴあ
フランク・ザッパ
『ズート・アリュ−ズ』

フランク・ザッパが来日公演したのはたった一回なのだ!内田裕也様が呼んでくれたんだったよね。浅草に。
ザッパは「『モスラ』に出ている「双児の小さな女の子」(ザ・ピーナッツのことでしょう)に会いたがったそうだ。記者会見会場で花魁と一緒に記念撮影などしていた!その影響からか直後に発売されたアルバムのジャケットに「不乱苦雑派」「雑葉」の文字が。マニアにはおなじみ。
ザッパには他に「矢野顕子の声をサンプリングした曲がある(もちろん本人の了承を得て)」、「『俺たちは金のためだけにやっている』のジャケットにはザッパの友人の日本人カタオカさんが写っている」、「息子のロドン君はザッパが大好きだった怪獣ラドンにちなんで名付けられた」などのエピソードがある。

お詫びと訂正:上記「ザッパには他に矢野顕子の声をサンプリングした曲があると書きましたが、2ちゃんねるなどでガセネタでは?という指摘があって、「そういえば???」僕自身何の曲なのかまったく記憶が無いことに気づき、もう一度家中のザッパ関連の資料を探し回りましたところ、見事にガセネタだったことが判明しました。青土社の雑誌「ユリイカ」1994年5月号が「増頁特集・フランク・ザッパ」を組んでおり、この中にカール・ストーンのインタビュー記事があり、彼がザッパの晩年のサンプリングに関する著作権の問題を誰よりも先に懸念していたなどと示したところがあり、カール・ストーン本人は「矢野顕子の『Shinking Kee』で使った時は彼女のマネージャーとコンタクトして賛同を得た」ということを語っていました。僕はそこを読んで、うろ覚えで「ザッパが…」と早合点していたようです。サイト訪問者の皆様、今は亡きザッパ大明神、カール・ストーン様、矢野顕子様関係者各位に深くお詫びします。カール・ストーン氏はザッパ本人とも交流があった前衛作曲家で、日本に滞在していた経験があり、現在も来日公演を行うなど勢力的な活動を続けています。というわけで「矢野顕子」の声をサンプリングしたのはカール・ストーン『shing kee』であります。
これからはあまりはっきりしない物事についてはちょっとだけにしときます。申し訳ありませんでした。

Frank Zappa

これは比較的聴きやすいほうの変態ミュージック。
 Frank Zappa - The Torture Never Stops

 http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20060610

参考資料:『フランク・ザッパ自伝』、『大ザッパ論―20世紀鬼才音楽家の全体像』、『大ザッパ論〈2〉鬼才音楽家の足跡1967‐1974』、『フリーク・アウト―フランク・ザッパの生活と意見』、『ザ・リアル・フランク・ザッパ・ブック

クイーン

『オペラ座の夜』
『預言者の唄 The Prophet's Song』

クイーンの4作目の大ヒットアルバム。ブライアン・メイ作曲のこの曲では1974年に来日した際に、ファンから貰ったおもちゃの琴を弾いている。ブライアン・メイは本田美奈子のアルバムのプロデュースなどを手がけている。

『オペラ座の夜』は1975年暮れに発売されたが、当時最高の制作費がかかったとされる。『ボヘミアン・ラプソディ』(Bohemian Rhapsody)が入ったアルバムで、それまで日本ぐらいしか人気がなかったクイーンが一気に世界的なバンドに駆け上がるきっかけとなった。シングル『ボヘミアン・ラプソディ』は当時イギリスで9週連続1位を獲得。ギネス社が行ったアンケート「英国史上最高のシングル曲」では『イマジン』などを抑えて1位になった。僕はこの曲を初めて聞いた時、クイーンはもっとマニアックなプログレになる?と少し期待した記憶がある。その当時まさかこんなに高い評価を与えられることになるとは露ほども思わなかった!

 Queen - Bohemian Rhapsody



参考書:『クイーン ─ 全曲解説シリーズ』、『QUEEN of the DAYクイーン・オブ・ザ・デイ―クイーンと過ごした輝ける日々』、『クイーン詩集 完全版』、『クィーン・ヴィジュアル・ブック』、『クイーン (KAWADE夢ムック)』、『クイーン (地球音楽ライブラリー)』、『クイーン 果てしなき伝説』、『クイーン・ファイル (FILE SERIES)』、『まるわかりクイーン―The show must go on (シンコー・ミュージック・ムック)』、

クイーン

クイーン公式サイトはこちら
『華麗なるレース』
『手を取り合って』

デビュー時まだ英国でぱっとしなかった時代、日本での人気が彼らをとても力づけたというのは有名。その恩返しに日本語を使ったこの歌を作った。(訳詩:チカ・クジラオカ)
1970年代半ばのフレディー・マーキュリーはよくライブで着物(振りそで?)を着ていた。日本以外の国でも。

Queen

ブライアン・メイがピアノを演奏。日本公演なので日本語部分は観客も合唱!やっぱり日本語は歌いやすいね!
 Queen: Teo Torriate

こちらはポール・ロジャースと来た時。ブライアンのギター弾き語りで始まる感動もの。
 Queen+Paul Rodgers-Teo Torriate live

クイーン
『シアー・ハート・アタック』
『キラークイーン』

最初のスマッシュ・ヒット。歌詞に芸者ミナが登場する。

Tajimiさんより「クイーンの歌に出てくるゲイシャの名は「マイナ」と発音されていましたが、ミナのほうが日本的でいいですね。」

あっ、聞いてみたら本当に「マイナ」に聞こえています!僕がずっと「ミナ」だと思っていたのは楽譜の歌詞を見て思い込んでいたんですね。これは反省反省。でも「日本的でいいですね」とフォローしてくださって感激です!
Queen - Queen: Greatest Hits - Killer Queen

クイーン
『シアー・ハート・アタック』
『ブライトン・ロック Brighton Rock』(1974)

Hans様より以下、情報いただきました。

Yunioshi様のサイトにも紹介されている"Sheer Heart Attack"の収録曲ですが、この曲こそ親日家ブライアン・メイの真骨頂でしょう・・・3分20秒を過ぎたところのギター・ソロが、寺内タケシとブルージーンズの『津軽じょんがら節』(1965)に酷似しているのです。寺内氏は日本ロック史では完全に無視されてしまっていますが、海外では評価が高く海外ネットオークションでも彼の廃盤レコードは人気が高いです。他にディープ・パープルの『Highway Star』(1972)のソロも寺内氏の『レッツ・ゴー運命』(1967)に似ているという指摘がありますが、"Brighton Rock"のほうが日本人としては衝撃的です。ここまでマジに邦楽の影響を受けた洋楽ロックの名曲って一体…。

ありがとうございました!なるほど高名な『テリーのジョンガラ』ですねえ!僕も高校の頃から「似ているなあ」とは思っていたのですが。聴き比べると面白い!↓

 Queen - Brighton Rock - Live at Hammersmith Odeon 1975

 寺内タケシとブルージーンズ - 津軽じょんがら節


それにしてもあの手作りギター1本で何十年もレコーディングからライブまでこなしているのは凄い。壊れたりしたら大変ですな。あ、どっかのメーカーのコピーモデルがあったか。
これ↓

フレディ・マーキュリー

『La Japonaise』1988


『バルセロナ』
オペラ歌手モンセラ(モンセラート)・カバリェと共演。 親日家で知られるフレディが日本のことを歌った。「日本的」なメロディで「遠い国のあなたに魅せられて〜」「富士の雪・京都の雨・東京の夜」「希望・光・夢」などとくりかえし、日本語が半分くらい使われている。『ベスト・オブ・フレディ・マーキュリー』にも収録。

 Freddie Mercury - La Japonaise ( A Capella)

フレディは日本が大好きで、プライベートで何度も日本に訪れて、そのたびに骨董品などを買い漁っていたそうだ。
『ロック豪快伝説』という本によれば、買い物だけに来たりすることもあったらしい。彼のイギリスの屋敷には滝付きの15メートルの池があり、何十万もする錦鯉が何匹もいたそうだ(生きた魚は輸送が大変なので、実際はもの凄い費用がかかっているはず)。これら日本庭園を造った話は『フレディーマーキュリーファイル』に詳しい。「最愛の恋人」が綴った『フレディ・マーキュリーと私』にも日本への旅行での出来事が書いてあった。その他参考書には『フレディ・マーキュリー―華麗なるボヘミアン・ラプソディ』、『フレディ・マーキュリーア・ライフ、イン・ヒズ・オウン・ワーズ』、『フレディー・マーキュリー 華やかな孤独』など。

スティービー・ワンダー
『シークレット・ライフ Journey Through The Secret Life Of Plants』
1980
『愛の園』

美しいバラード。オリジナルも日本語で歌っている!
Stevie Wonder - Journey Through the Secret Life of Plants - Ai No Sono
西城秀樹がカバーしてた。
スティービー・ワンダーはアメリカでもCMには出ないとのことだったが日本のコーヒー「ファイア」の曲も提供し出演もしている。かつて一番尊敬する音楽家は富田勲と答えていた。伝記に『スティービー・ワンダー 心の愛』、詩集『スティービーワンダー詩集』がある。

Stevie Wonder - Songs in the Key of Life
シークレット・ライフ

で下は西城秀樹。
スティービー・ワンダー
『ウーマン・イン・レッド サントラ The Woman in Red original motion picture soundtrack』
1984
『心の愛 I Just Called to Say I Love You 』

スティービー・ワンダーの代表曲とも言える大ヒット曲で全英・全米のみならず独伊蘭などでもともにチャート1位を記録、またアカデミー歌曲賞、ゴールデングローブ賞主題曲賞を受賞している名曲である。日本のCMのBGMにも何度か採用されているが、本人が出演したTDKのCMにもこの曲が使われていた。
もともとは日本のアーティスト、ブレッド&バターへスティービーが提供した曲で、タイトルにもなった「I Just Called To Say I Love You」以外の歌詞は無く、呉田軽穂こと松任谷由実が残り部分を日本語で作詞。元YMOの細野晴臣による編曲で『特別な気持ちで』という曲名でレコーディングされた。しかし発売直前になってスティービー側から「映画『ウーマン・イン・レッド』のサントラに使いたいので曲を返して」と申し入れがあり、お蔵入りになった曲である。
この曲には後日談があって、スティービーの作曲のパートナーだったリー・ギャレット(彼も目が不自由)がこの曲の著作権の保持を主張し裁判となる騒ぎになった。しかし、日本に残っていたブレッド&バターのレコーディングが決定的な証拠となりスティービー側が勝利。そのお礼にとスティービーはブレバタに『remember my love』という曲を贈り、『特別な気持ちで』も無事発売されている。

↓これには両方収録されています。
ゴールデン☆ベスト ブレッド&バター

また、1988年に来日した時は仙台の中学校で盲目の少女のためにこの曲を歌っている。

Stevie Wonder - I Just Called To Say I Love You
ブルー・オイスター・カルト
『スペクトルズ』SPECTRES
ゴジラ
「ゴジラ、東京の町を踏み潰せ」という歌詞が過激だ。ライブでは映画の例のアナウンサーの台詞を模したMC「臨時ニュース ヲ モウシアゲマス〜」が入り苦笑させられる。

Godzilla - Blue Oyster Cult
暗黒の狂宴~ライブ
ライブ盤もちゃんとやってる!

Blue ?yster Cult
キャメル
『Oの肖像NUDE』

イギリスのプログレバンド。Oとは小野田寛郎(ルバング島で終戦を知らずに30年近くジャングルに潜んでいた元軍人)のことで、彼の半生の物語をテーマにしたコンセプトアルバム。演奏力はブリティッシュプログレの中でも高く、しかも叙情的な曲想は聴きやすい。キャメルはユニオシの大好きなバンドで、『スノー・グース(白雁)』もお勧めです。

Camel - Nude
ユートピアトッド・ラングレン
『太陽神(RA)』
『ヒロシマ』

タイトルの広島だけでなく長崎も並列して歌っている。強いメッセージ性を持った一曲。ライブではストロボが光るなど凝った演出で演奏される。トッドはミュージシャンが惚れるミュージシャンで、高野寛やレピッシュといった、日本のアーティストに乞われてプロデュースも手がけている。一時トッド日本永住説があったがどうなったのかな? 参考書は日本のミュージシャンたちがトッドについて語ったガイド本『全能の人 トッド・ラングレン』がある。初めて聴く方へのユニオシのお勧めは初期のベスト版『シングルズ』と『ラント』かな。POPだが聴き込むと複雑なことをいっぱいしているのがわかる。

Todd Rundgren
トッドの仕事についてのバイブルは『トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代 魔法使いの創作技術
デビッド・ボウイ
『スケアリー・モンスターズ』
『イッツ・ノー・ゲーム』

いきなり女性の日本語ナレーションがイントロのバックに流れる。「シルエットや影が革命を見ている」「新聞は書き立てるさ!」など、何だか難しい言葉が効果的に使われている。ナレーターはヒロタ・ミチ(パーカッショニスト廣田丈自の奥さんらしい)。この役を最初サディスティック・ミカ・バンドのミカにオファーしたらしい。
このアルバムもキング・クリムゾンロバート・フリップ先生が参加。エキセントリックなギターを聞かせている! David Bowie - Scary Monsters - It's No Game (Part 1)

戦場のメリ−クリスマス』や焼酎のCM出演(下記)、ジャケット写真に鋤田正義を起用するなど一時のデビッド・ボウイは日本にかなり傾倒していた。衣装は山本寛斎が専属だった時期もあった。
デビッド・ボウイ
『ヒーローズ英雄夢語り』

ジャケット写真は鋤田正義
レコードジャケットネタ満載の本『利きジャケ』ではこの写真を確か「貴公子の駐車場係バックオーライ」と紹介していた→→→

David Bowie - Heroes

デビッド・ボウイ
『CRYSTAL JAPAN』

宝焼酎のCM用にボウイが作ったインストナンバー。
参考資料
オディティ デビッド・ボウイ詩集

デヴィッド・ボウイ詩集―スピード・オヴ・ライフ
デビッド・ボウイ
マッチスティックマン様より投稿いただきました。

デビッド・ボウイの 『Girls』という曲には、日本語バージョンがあります(アルバム『Never let me down』日本版に収録)。

これ知りませんでした。マッチスティックマン様ありがとうございます。ボウイの参考資料は他に妻による『哀しみのアンジー―デヴィッド・ボウイと私と70’s』、日本のアーティストの証言などは『デヴィッド・ボウイ・ファイル (ARTIST FILE)』、ガイド本『デヴィッド・ボウイ大百科』、『ボウイスタイル』、『』、伝記『デヴィッド・ボウイ―神話の裏側』、

U2ブライアン・イーノ
『Passengers Original Soundtrack 1』

『Ito Okashi』

U2と仲の良いプロデューサーのイーノが組んで作ったアルバム。架空の映画のサントラという形をとっており、いろんなゲストミュージシャンが参加して、多彩な音楽が作られている。中で『いとおかし』という曲はHOLIという日本人が参加。正体は小林明子。なお、 『One Minute Warning』という曲は 『功殻機動隊(GHOST IN THE SHELL)』 国際版のエンディングに使用された。

U2

U2の参考書は『U2 BY U2』、『U2 魂の歌を求めて WALK ON: THE SPIRITUAL JOURNEY OF U2』、『U2―世界の涯てまでも』、『U2詩集』、『ボノ語録』、『(文庫)スーパーロックガイド/U2』、『THE U2 FILE』、『U2ファイル (Artist file (10))』、『魂の叫び―U2オフィシャル・ドュキメント&写真集』、『U2―ロックを熱くするストーリー』、『U2 (シンコー・ミュージック・ムック―アーカイヴ・シリーズ)』、『地球音楽ライブラリーU2 (地球音楽ライブラリー)
イーノの研究本『ブライアン・イーノ』、イーノの日記『A year
キング・クリムゾン
『ディシプリン』
『待って下さい』

タイトルだけでなく歌詞にも「待って下さい」と出る日本情緒たっぷりの曲。この曲の作詩はボーカル&ギタリスト、エイドリアン・ブリュー。彼は坂本龍一のアルバムに参加したり、日本のCMに出たりしている。リーダーのロバート・フリップは第三期クリムゾン解散後一時日本語を本格的に習っていた。日本でも独自のギター・スクール「ギター・クラフト」を開催するなど関係は深い。そのスクール出身の一番弟子はカリフォルニア・ギター・トリオ。ギター・インストでクラシックやポピュラーを演奏する。その一人が日本人森谷英世。

浅草の仲見世などで遊ぶクリムゾンの面々の映像。

  Crimson lost in Tokyo..84
キング・クリムゾン
『Happy With What You Have To Be Happy With ( Shoganai )』 2002

『Mie Gakure / 見え隠れ』
『Shoganai / しょうがない』

クリムゾンの新作には再び日本語タイトルがしかも2タイトルも入っている。日本での人気は他の国よりかなり高いらしく、旧作を含めて日本のみのCDリリースが多い。それに応えてくれた形なのでしょうか。

キング・クリムゾン
『リザード』

ジャケットの一部に日本の武将の絵が使用されている。

http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20071107もご覧ください。

伝記・解説本:『クリムゾン・キングの宮殿―風に語りて』、『地球音楽ライブラリー キングクリムゾン』、『ロバート・フリップ―キング・クリムゾンからギター・クラフトまで
ジャパン
『アセンブラージュ』
Assemblage
1983
『ライフ・イン・トーキョー』

デビュー当時は日本では凄い人気だった。(ルックスと日本人にはその衝撃的なバンド名で)でもよく聞くとけっこう音楽性も高かったと思う。坂本龍一など日本のミュージシャンとの交流も広い。(一風堂の土屋昌己は一時在籍した)。解散数年後、フロントマンのデビッド・シルビアンはロバート・フリップとコンボする。僕は渋谷公会堂に観に行ったが、クラシックのコンサートみたいだった。観客がおとなしくて。

 Japan - Life In Tokyo - 1979

Japan - Assemblage - Best of Japan

ビーシストのミック・カーンは日本人の奥さんがいた。しかし彼は惜しくも2011年にガンで亡くなった。彼の遺した『ミック・カーン自伝』には生い立ちからジャパンの結成・来日時のエピソード、解散の真相などが赤裸々に綴られている。


ミック・カーンについての参考書は→ハーフマニア国際結婚のコーナーでも。
ポリス
『ゼニヤッタ・モンダッタ』
このアルバム名って「銭やったもんだった」なのですか?

これについて新潟の池田様より情報いただきました。

ipod買ってからCD借りまくっていてポリスのゼニヤッタモンダッタってどういう意味かきになったので色々検索し、ここにたどり着きました、更にさまよった結果、次のような意味と記載しているページにたどり着きました。
zenyatta mondattaの意味は、『世界を支配する3人』と言うフランス語を使った造語。つまり、パンク・ニューウェーブの頂点を掴んだ彼等の勝利宣言みたいなものである。
http://blog.kansai.com/outlandos+category+30
参考になりましたらどうぞ

ありがとうございました!永年の疑問が晴れてすっきりしました!
スティングは日本のCM出演あり。

The Police - Zenyatta Mondatta

2007年再結成したポリスはグラミー賞授賞式では代表曲のひとつ『ロクサーヌ』を演奏した。2008年2月に27年ぶりとなる来日公演を実現!クリームの面々同様犬猿の仲と言われた3人が再結成。大丈夫なのかっ?

http://d.hatena.ne.jp/yunioshi/20071102
ポリス
『ゼニヤッタ・モンダッタ』

『ドゥドゥドゥダーダーダー』

この大ヒット曲が日本語バージョンがあるのだよ!!もちろん日本だけの発売だった。「信じておくれ〜」とか歌うのであった。哀しい…。作詞は湯川れい子。

参考資料
グレートロックシリーズ/ポリス:スティング 全曲解説

アンディ・サマーズ自伝 ポリス全調書

スティング

スティング―孤独のメッセージ

スティング―熱帯雨林の保護を訴えるロックスター (伝記 世界の作曲家)
ポリス
『アウトランドス・ダムール』
『ソーロンリー』

プロモは東京の地下鉄の中で撮ったものだった。ビデオ『ポリス・アラウンド・ザ・ワールド』での日本でのポリスは凄いぞ。本当にまわし一枚で相撲をとっていた。監督は元10CCゴドレイ&クレーム。明らかに香港?と思われるところと交錯している。

The Police - So Lonely

The Police - Outlandos d'Amour
スリーディグリーズ
『天使のささやき』

日本語版があるのだよ!「天使の囁き〜私は今あ生きてーいるう〜」。このアルバムの一曲目はキャラメル・ママの作詞作曲演奏による和製ポップス『ミッドナイト・トレイン』だった。彼女たちは日本で大ブレークし、のちに日本語の歌謡曲『にがい涙』「見てたはずよお、私の気持ちいが〜」をリリースしている。

The Three Degrees
天使のささやき/ベスト・ヒッツ
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オールディーズ特集:日本語で歌われた曲、日本人の企画で日本のみリリースされたものはこちら

外国人アーティストによる日本人アーティスト作品のカバー集などはこちら
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参考書一覧

参考書パート2

特集:
外国人が見る日本と日本人(前編)

特集:
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